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真空断無弾

日々の色々な事柄の忘備録的感想。戯言。

いつも心にブロンソン。『スーパーマグナム』(1985)

めっちゃ好き。ブロンソン。何が良いのかよくは分からないのだが、なぜだかその雄姿を目撃すると胸が熱くなる…。それが私のブロンソン。…いや正確には私の物ではないのだが、人はみな心にブロンソンを持っている。持ってない人は持つべきだと最近思う。強く思う。結構マジである。

 

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サインとか全然興味ないけどブロンソンのはちょっと欲しい…。そん位好き。

 

私とブロンソン作品との最初の邂逅はデスウィッシュシリーズ2作目「ロサンゼルス」だったと思う。…幼少の頃、TVで見たのだがトラウマ級に胸糞悪いお話であった。悪党どもに娘をレイプされ殺された主人公、ポール・カージーの復讐譚…。幼少の時期に本来見るべき映画ではないような気もするがこの作品を見て、アメリカ、ロサンゼルス=この世の地獄。アメリカ人はまともな奴とヒャッハーの2択。アメリカは銃がないと生き延びれないような治安の悪い国。そして悪党はバンバン殺す!=アメリカ!怖え!そんな風に幼少期に刷り込まれた作品であった。正直、ブロンソンを見るまで私は、見た目がカッコいい風貌=主役と言ったお子様的な外面でしか判断できない未熟な子供でしたが、この作品を契機に男のカッコ良さとはそういったものではないのだ!と悟りブロンソンの野暮ったい男くさい風貌に魅了された人間になったのでした。毒された。

 

本作「スーパーマグナム」はシリーズ3作目にあたる。シリーズものにとって3作目というのは…鬼門である。伸るか反るか、当たりか外れかハッキリしている。外れの可能性が異様に高い。そんな印象を個人的に感じるのだが、本作はある意味あたりであると言える。ある意味で、ある。これまでは、主人公が殺人に対するある程度の葛藤、救いようのない悪党を殺すにしても良心の呵責や殺人を犯す恐怖なるものが多少なりとも描かれていたように感じたのだが、本作にはそれがほとんどでない。というか無い…。もはやリミッターはない。悪党は高く吊るす。悪党には死を。もはやハムラビ法典から脈々と続く古典的な法しか其処にはない。目には目を、歯には歯をである。悪党には死を。テーマはもはや無いに等しい。全二作よりも、完全にはっちゃけている。悪党皆殺しエンターテイメントである。…もはや好みの問題であるが、私はこれは有りだった。大いにありである。面白い。最高だ。老齢の親父が町のダニどもを皆殺しにする様は、醜悪や滑稽を超越してもはや清々しい。ちなみに私が久しぶりに見たのはDVD版で日本語吹き替えが無かった。本作がTVで放映したときの吹き替えのセリフで脳裏にこびりついて忘れられない台詞がある。老婆が通りで町のギャングどもを撃ち殺す主人公の様を見て「見て!カージーさんが町のダニを撃ち殺しているわ!」と言うあまりにもファンキーすぎるセリフを記憶していたのだが、それが無く残念だった…。印象深い素敵な台詞だったので本当に残念だった。

 

と、ここまで書いといてなんだが、本作は映画としては雑であり、正直人に薦めれる映画ではないことを明記しておく。何しろテーマが無いに等しい。悪党には死を!しかない。主人公のカージーさんもカッコいいんだけど薄っぺらい。行動の動機とか、心情とかとにかく薄っぺらい。大体が町に来ていきなりラスボスに目をつけられ「ぶっ殺す!」と因縁つけられてるのに、あんま気にせず女弁護士と良い仲になるカージーさん…。あんたとかかわると大抵の人が不幸になってるのに、まったく学習していないカージーさん…。しかもいい仲になった彼女を悪党にどーにかされちゃうのだけど、え!そんな感じなの???というぐらいあっさりしているカージーさん…。薄っぺらい…。あとは、悪党が北斗の拳や、MADMAXに出てくるモブのようなTHEイカレポンチしかいない。まあ北斗の拳はこの作品の影響下の作品ですがね。原作者、武論尊ですもの…。でも北斗の拳やMADMAXに出てくるイカレポンチたちの方がまともかもしれないような薄っぺらいイカレポンチの群れが、当時のNYの街にはびっこているという設定…。どんだけ治安悪いんだよ。例えるものが荒廃した未来が舞台の漫画と映画より酷い現代舞台の街並みって…。誇張があっても怖えよアメリカ…。あとラスボスの逆モヒカン…。怖さより先に笑いが来る。ギャグじゃん…。

 

しかし、そんな些細なことはどうでもいい。正直それでも好きなのだなこの作品。もうねブロンソンムービーなのですよ!ブロンソン64歳当時の作品ですよこれ!まあ動きは鈍いしキレはないけど、それでもカッコいいんだもの!凄いなぁ!64のアクションスターだよ!風貌こんなんで動きも鈍い親父が悪党を次々に処刑していく様は、もうそれだけで感動モノです!結局の所、話の筋がどーとか、展開がアーとかどーでもいい。ブロンソンが出てればそれでいいのだ。それで成立するんだから本当に凄いよ。ブロンソン。…マジで好きなんだけどね。どーも伝わらないんだなこれが。

 

ぎゃふん!

 

 

 

 BD化激しく希望!マジで‼‼‼

 

 

「志村‼後ろ‼後ろ‼』じゃないアニメの方。 ドリフターズ(2016)

ちなみドリフだと「8時だよ全員集合!」の舞台セットがはけていく所とセットが展開する場面が凄く好きだったりする。

 

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原作 平野耕太 監督 鈴木健一 作品

 

原作が好きで楽しみにしてたら地上波で放送しないというこの事実。隣の岐阜、美濃の国では放送されるのに、織田信長のご当地である、愛知、名古屋…尾張の国では放送なしのこの現実。非常に厳しい。なんか信長終焉の地である京都では放送があったそうな…。というか放送地域少な!5つしかない!その代わりインターネット配信があったそうなんですが…期を逸してしまいました。そんなわけで今回、全話まとめて視聴したんですがこれが非常に面白かったというお話です。

 

好きな歴史上の人物で仮想ウォーゲームを!という歴史好きがちょっと頭を打ってしまってこじらせちゃったような本作ですが、やっぱり面白いんですよね。正直、日本人がちょっと多すぎるような気もしますがそれでも面白いんです。実際な所、原作も最初はどうかと思ったのですが、国盗りものになったとたんに面白くなってきました。アニメもやはり国盗りものになってからが最高でした。

あとアニメだと首おいてけ感が半端ないですね。原作の時よりも首おいてけ感が濃いような気がします。なんか作中の薩人の表現が…なんかこれ鹿児島の人はどんな感じなんですかね?結構派手にディスられてるような気もしますが…むしろ誇らしいのか?

 

個人的には豊久が妖怪でハンニバルが素敵で信長がイカシテいると思います。あとおかまのサンジェルミがコメディーリリーフとして秀逸だと思ういますね。個人的にはスキピオあたりがもっと活躍することを期待します。

 

原作がそこまで進んでないんで、そんな感じで終わるんだろうなと想像していましたが、やはりそんな感じで終わりました。

 

だろうね。だろうよ!

 

 

 2期の製作が決まったそうですが、原作あんまリ進んでないので、一体どれはど先のことになるのやら…。間違ってもオリジナル展開とかはマジ勘弁してほしい…。

1月も今日で終わる…。

一月の感想です。

 

新年明けてから…何もやってねえ!

初詣もいってねえ!

お年玉は…強奪された!というか奪いに来やがった!

忘却したい、やりたくねえ事だけはきっちりやってる!

なんかやりたい、やらなくてはいけないような気がすることは本当に何にもやれてねぇ!

 

…まあ、そんなデホルトな1月でした。

休みもほとんど外に出なかった。本屋ぐらいしか行ってねえ…。

これはいい歳したおっさんとして大丈夫なのだろうか。いや多分駄目だろう。

しかし今に始まったことではないし、じたばたしても仕方がない。寒いしね。

受け止めよう。潔く、受け入れよう。

 

ああ、ダメだ。1月はダメダメ。

 

正直こんなおばさんに無言でファインダー向けられたら相当怖い「ヴィヴィアン・マイヤーを探して」(2013)

ジョン・マルーフ、チャーリー・シスケル監督作品

 

正直、写真の良し悪しが分かるような人間ではない。残念ながらそういった感性は皆無である。もっと言うと絵画の良し悪しも正直分からん。色彩感覚的な事も、技術的な事もさっぱりである。多分説明されてもすぐ忘れる。多分5秒ぐらいしか覚えていないであろう。そういう自信はある。威張って言うようなことではないが、間違いないのである。とりあえず私はそんな程度の人間だという事を理解していただきたい。

 

本題に入る。本作は、ヴィヴィアン・マイヤーなる写真家に焦点を当てたドキュメンタリー映画である。もっとも写真家と言ってもこのヴィヴィアン・マイヤーなる人物は、生前は全く作品を発表していない。というかその作品は全て死後に公開されたものである。本作はその公開に至る顛末と、そこから始まるヴィヴィアン・マイヤーなる人物の足跡をたどるドキュメントである。

 

2007年、本作の監督の一人であるジョン・マルーフが歴史の資料にと、オークションで大量の写真のネガフィルムを手に入れたところから話は始まる。その写真の出来の良さに驚き、それを確かめるためブログに一部をアップしたところ、熱狂的な賛辞が次々と寄せられる。これにメディアも乗っかって絶賛。調子に乗って写真集を発売したら全米売り上げNO1を記録。展覧会を開けば押し寄せる群衆。撮影者の名は、ヴィヴィアン・マイヤー。すでに故人になっており、職業は元乳母。15万枚以上の作品を残しながら生前には公表することはなかった…。なぜ?…本作はその何故?を追っていく映画である。

 

この映画のトレーラーをテレビでたまたま見たのだけれど、これが良い感じだった。素性のよくわからない人間を追跡するのって結構好きなのだ。しかもその人物が才能ある人間でミステリアスな感じだともう辛抱たまらんね。因みにこの件の人物ヴィヴィアン・マイヤーは見た目は完全におばさんである。しかも芸術家風ではなく変人系な雰囲気が漂っている。特にその目。すげぇ怖い。冒頭の話ではないが、私に写真の良し悪しは分からない。技術的な事もわからない。が、この人の撮った写真は確かに良い。良いと思える。いい悪いじゃなくて、ぐっとくる感じがある。素人の撮ったものでは感じない、プロが撮った写真でもそんなに感じたことはないのだが、確かにグッとくるものがあるのだ。いや、プロが撮ったのでもグッとくることはあるけど。それくらい良いのだ。まあ作中では写真のプロの人たちの評論もあって、技術的な事やら構図の事やらで褒めているのでやはり才能は有ったのだろうと思う。私にはわからんが。才能が有り作品を数多く残したにもかかわらず、世間公表せずに没する。そんな芸術家っているのだろうか。…まあ結構いるのだろう。生前有名でなくても死後その才能が認められ有名になった芸術家というのは結構知っている。そういう人たちは、たいてい生前から、世間にはそれをアピールするもんなんだけどそれがないというのはどういう事なんだろう。そんな疑問を紐解くように本作はその人となりを手繰り寄せていく。そこには彼女の闇も垣間見えて、非常に興味深かった。結論的に言ってしまえば、ここで語られることは想像の域を出ない話ばかりでモヤモヤしたまま物語は終わる。何せ当人がもう亡くなってしまっている話だし、友人や親しい親類もほとんどおらず、本人が超内向的な人間だったみたいなので詳しいことが分かる人間がまるでいないのだ。よって彼女を知る数少ない人間たちの証言を基にした推論以上の事は提起されない。彼女を知る人間の証言が淡々と紹介されてい置くのだが、最終的に彼女の晩年はかなり経済的に困窮していたらしい。ごみ箱を漁り、生活していたエピソードなどを聞くと、ただただ、やるせなく切ない。死して名を残すことにどれだけの意味があるのか、正直今の私には分からない。何も残らぬよりは残した方が何となく意味はあるのだろうか?よく歴史に名を刻むとか、生きた証がとか言うけれど、正直死んだ後の名声や、功績などどうでも良くて、生きているその時間にどれだけ満足できるか?という事なのではないか。はたして彼女は満足できたのだろうか?何となくそんなことを考えさせられたそんな作品でした。

 

ヴィヴィアン・マイヤーを探して [DVD]

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Vivian Maier: Street Photographer

Vivian Maier: Street Photographer

 

 ちなみに私は今現在の自分の人生にこれっぽちも満足していない…。

ぎゃふん!!!!

 

 

 

 

 

2016雑感

何も成さず、成し遂げられない1年であった。…というか毎年そうなのでデフォルトな1年でした。ナマカワかつズボラな性格かつ生活をしているのでさもありなんな感じなのですが、年々酷くなっているような気がします。おっさんは辛いよ。ってアクティブなおっさん達も多いので「世の中の全てのおっさんに謝罪せよ!」と突っ込まれそうで怖い。最初に謝っときます、ごめんなさい。結局南極大冒険、もとい結局の所、持って生まれた本人の資質かつ本質が年々むき出しネイキッドになってきたのだろう。大槻ケンジ氏言う所のダメ人間にどんどん近づいているようで怖い。怖すぎる。そんな私でもなんとか社会の荒波にもまれ沈んではいるものの何とか死なずに今日まで生きてこれました。ありがとう八百万の神様etc…。そんな自分のダメさ加減と日々の奇跡に生かされ何とかやってこれた1年でした。本当に自慢にもならないが、自分自身の力やら周囲の人間の恩情なんかは1ミリも期待できないので来年も何とか神頼みで何とか生き抜いていく所存です。神の懐が海よりも広いことを祈って。良いお年を…。

ぎゃふん。