真空断無弾

日々の色々な事柄の忘備録的感想。戯言。

ビートルズがやってくる。「抱きしめたい I Wanna Hold Your Hand」(1978)

名古屋にも生き残りが一人、11月にやってくるらしい。

 

 

タイトルはビートルズの曲名から。

 

もしも世界がビートルズ以前と以降に分けられるならば私は後者に属する人間である。

要するに私は生まれた時からビートルズがこの世に存在している世代である。

私が初めてビートルズの曲を聞いたのは小学生の頃であった。

学校の給食の時間にお昼の放送でかかっていたいたものを聞いたのが初めてだったと思う。

 

ポップでキャッチーな甘いメロディ。

 

小学校低学年で音楽ににさほど興味のない子供でも、これはスペシャルなものだと感じるものであった。

では、ビートルズ以前の人たちにとってその音楽の出現の衝撃はどんなものだったのか。

正直想像を絶する。

過去の映像アーカイブを見てその熱狂の度合いを知ることになるのだが、凄まじいものだと思った。私は正直それほどの熱狂を体感したことは無い。

その熱狂に比類するとなると、プレスリーマイケル・ジャクソンくらいしか思い浮かばない。そして残念な事にその全てを私は体感していない。

残念無念である。

 

物語はビートルズ初のアメリカ公演を前にした女子高生たちのビートルズに会うための99分の冒険譚である。

ロバート・ゼメキス初監督作品で製作総指揮はスピルバーグ

という事である程度期待はしていたのだがプレ・バック・トゥー・ザ・フューチャー感が半端ない。

というかまんまそれ!

物語の構造や流れはほぼそれである。

シュチューエーションやキャラが違うだけ。

物語ラスト付近の鉄塔に雷のシーンなどは全くもって時計台に落雷のシーンまんまなので思わず吹き出してしまった。

しかし何たる完成度か。7年前のこの時点でもう完成されている。

そして7年後に手を変え品を替えもう一回やるという事はよっぽどこの物語の構造に自信があったのだろう。事実凄く面白い。

 

さて、表題のタイトルでいえば抱きしめたいのはナンシー・アレン

意志が弱く流し流され生きている天然属性のあざといキャラである。

しかしそこが良い。

特にそのドジっ子ぶりでビートルズが宿泊する部屋にミラクルで潜入成功する件が良い。

正直そこでの暴走ぶりにはさすがにドン引きするのだが、その後その経験により開眼した後が痛快だ。

彼氏より結婚より今そこにいるビートルズ

己で考慮し選択し決断したあたりでもう堪らなく魅力的。

それが正解か失敗かは別として、考慮し選択し決断して人とは大人になる。

成功も失敗も己の責任において甘んじて受け入れる。

そんな大人の階段を上り始めたナンシーアレンはたまらなく魅力的で抱きしめたいと思わざるおえない。

そして彼女の選択は間違っていないと信じたい。

何せその先の遠い未来で彼女はマーフィーという名のロボット警官の相棒となるのだから!!

やはり間違ってなかったと信じたい!!!

ロボコップになっちゃったかもしれないが…。

ぎゃふん!!!