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真空断無弾

日々の色々な事柄の忘備録的感想。戯言。

「(500)日のサマー」(2009) 運命はあるらしいよ…。

突如として私の中で始まったジョセフ・ゴードン=レヴィット祭り第二弾‼‼

今度は恋愛コメディー…だ。

 

私は恋愛映画をそんなに見ない。皆無ではないが殆ど見ない。自発的に見ることはまずない。見た結果、それが恋愛映画だったというようなことはよくある。物語においてどんなジャンルにも絡んでくる要素だし、結果、そのジャンルよりもロマンスが最終的に勝るという映画はよくある。と言うかそればっか。

本作の存在は大分前から知っていたのが、そんなわけで触手も動かなかった。きっとジョセフ・ゴードン=レヴィットが出ていなかったらまず見なかっただろう。

 

結論から書くと、すこぶる面白かった。うむ。食わず嫌いはいかんね。これは痛感した。これもジョセフ・ゴードン=レヴィットのおかげだ。ビバ!ジョセフ・ゴードン=レヴィット祭り‼

物語の筋は…

ジョセフ・ゴードン=レヴィット(役名トム)とズーイー・デシャネル(役名サマー)の出会いからの500日間の物語。ロマンチストで夢見がちな男と割り切った関係を望む愛を信じない女の物語。96分。 因みに本作のジョセフ・ゴードン=レヴィットジョセフ・ゴードン=レヴィット祭り第1弾で紹介した「50/50」の主人公とほぼ同一人物のような設定です。病を患わんだけ…。

 

g029.hatenablog.com

 

個人的な感想…

物語の進み方が面白い。時系列順ではなくバラバラに500日を見せていく。ラブラブ時期を見せたかと思えばその直後に倦怠時期を見せたり、交際中を見せたかと思えば交際前を見せたりと手を変え品を変えケースバイケースのシチュエーションの対比が面白い。恋愛時における浮き沈みの滑稽さが恥ずかしく面白い。

 

一番感じたのは男女の関係性。これって男女逆なら良くある話のような気もするが、今の世は女性が強いという事なのか。主人公の男の方が健気かつ一途に女の尻を追いかける。乙女かよ!と三村風に思わず突っ込みたくなる。逆にヒロインは恋愛というものに楽しみは感じるが愛を信じない北斗の拳におけるサウザーのような思考をしている。引かぬ、媚びぬ、顧みぬ。カッコいい。個人的にそんなに魅力を感じる容姿ではないが性格はサバサバしてて男前で素敵だ。

 

運命は有るのか否か?この物語は有ると描いているしそれを手繰り寄せる確率を上げる術もあると語る。某ボクシング漫画のセリフとモロ被りになるが、努力する者が、必ず報われるとは限らない。しかし、成功した者は皆すべからく努力している。そんな思いが物語の根底に流れているような気がする。

妥協せず努力、精進せよ。さすれば道は開かれん。根本にあるのはそういう前向きなテーマだと感じた。

実際の所は上手くいかない事だらけなのが現実。だが物語として面白いのでこれはこれでいいと思う。要はボーとしていてても始まらない。万事、好きな事をダメもとでやれ。ダメならダメで手数を出して確立を上げろという事かな。

 

色々な事は置いといて、やっぱりジョセフ・ゴードン=レヴィットは良いぞ!これに尽きる。というかこればっかり書いてる気がする。まあ、そうはいっても本作のジョセフ・ゴードン=レヴィットはちょっとちょろすぎる設定の男ですが。…まあジョセフ・ゴードン=レヴィットだから許すが…な。

 

結論的に言いたいことは…

色々な事を書きなぐってきたが最後のこれだけは書いておきたい。というか書かねばならぬ。この作品で一番魅力的な人物についてである。それはヒロインではなく、主人公でもなく、主人公の妹であると!断言したかった。

主人公は困ると、ある人物にアドバイスを求めに尋ねに行く。それが主人公の妹であるクロエ・グレース・モレッツ(役名レイチェル)。ローティーンの設定だと思うがこの妹が兄に結構芯の喰ったアドバイスを送る。情けない兄としっかりした妹という構図で作品全篇にある、強い女性と弱い男性と言う世界観をより強調している。けれどそんなことはどうでもいいくらいクロエ・グレース・モレッツが作中の他の誰よりも男前な性格で素敵だった。個人的には1等賞のキャラだった。

 

やはりウエンツ瑛士に見える瞬間がある…。いやウエンツ瑛士も嫌いではないけどね。好きでもないけど…ぎゃふん!

「50/50 フィフティー・フィフティー」(2011)細かいジョークが楽しくセス・ローゲンのツンデレにやられた…。

突如として私の中で始まったジョセフ・ゴードン=レヴィット祭り。インセプションとかダークナイトの時から知ってはいたがさほど興味はなかった。多分この前見た「ルーパー」が心の琴線に触れたのだと思う。

 

g029.hatenablog.com

 ジョセフ・ゴードン=レヴィット祭り。何だかよく分からないが楽しい。ヤバい。

 

物語の粗筋は…

難病闘病コメディー。ある日、腰に痛みを感じ病院で診察してもらった主人公ジョセフ・ゴードン=レヴィット(役名アダム)は脊髄がんであることを宣告されてしまう。5年間の生存率50%…。そんなジョセフ・ゴードン=レヴィットの闘病生活の顛末を描く98分の物語。

 

ジョセフ・ゴードン=レヴィット祭り第一弾!何となく感想…

結論から書くと最高だったのではないか。最高。過去見た闘病物の中では個人的に一番楽しく素敵な作品だったと思う。

 

主人公を演じるジョセフ・ゴードン=レヴィットが良い。何が良いんだと問われると困る。正直何が良いのか私も分からない。ただなんか良いのだ。かっちりしたアイビールックに身を包み、柔和な柔い風貌そのままの所謂優しい良い奴を演じている。一歩間違えるととっつぁん坊やみたいな格好になってしまうのだけど、ジョセフ・ゴードン=レヴィットは実によく似合う。板についてるスタイルで格好がよろしい。

真面目なんだけど堅苦しくなく、マッチョな感じではないけれど、そうゆう話ができないわけでもない、草食系と言われる人種のフラッグシップな役だ。あまりにも出木杉君で厭味な役柄になってもおかしくはないのだが、そこは我らのジョセフ・ゴードン=レヴィットが上手いこと演じていて、非常に魅力的なナイスガイを演じている。素晴らしい。

ただ一つ女の趣味が良くない。芸術家もどきの女ブライス・ダラス・ハワード(役名レイチェル)と付き合っているのだが物語序盤からどーにもこの女は胡散臭い。その関係の顛末は見て知るべしだが、人を見る目が無いという欠点がまた抜けてる感じで、いい感じの隙をジョセフ・ゴードン=レヴィットに持たせることによって、そこも魅力を感じさせる。見せ上手だぜ!ジョセフ・ゴードン=レヴィット

 

また劇中歌が良い。特にジョセフ・ゴードン=レヴィットが病名を宣告された後、喫茶店で呆然としているシーンから流れるRadioheadのHigh and Dryが凄まじく良い。久しぶりにRadioheadを聞いたがドラマと非常にあっていてすごく良かった。下手するとただのMVに見えなくもないが…素晴らしく良かった。

 

後はセス・ローゲン(役名カイル)が白眉の出来。粗野で野卑な言動や行動。しかし時折見せる知性や優しさ。アメリカ映画の親友枠で最も多い定番のキャラクターではあるのだが、これが本当に素晴らしかった。常に減らず口や憎まれ口を叩いているのに、陰で闘病者との接し方の本を読んだり、手術中に病院の前で落ち着かなく不安げな顔で佇んだりというツンデレぶりを披露してくれる。おっさんのツンデレなんか何処にもニーズ無さげなんですが、その光景は確かに胸を打つものがある。イカス。

 

窮地の中にこそ人間の本質が見えるとはよく聞く台詞だが、そんな人間の周りにいる人間にも同じ事が言える。病気を宣告されてからのジョセフ・ゴードン=レヴィットは苦悩し嘆き自暴自棄に陥っていくがそれでも最後は持ちこたえる。ツンデレな悪友だったり口うるさい母親だったり間の抜けた研修医のカウンセラーたちの親身の支えによって。結局普段それ程ありがたみを感じない人達が実は一番心配してくれているし最後まで付いてきてくれる。臭くて照れる恥ずかしいお話ではあるが結構核心を突いていて心にぐっとくる。ここまで臭く恥ずかしい話を超ド直球でやられると逆に清々しく心地いい。面白かった。

  

 

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 時折ジョセフ・ゴードン=レヴィットウエンツ瑛士に見える瞬間がある。キレて叫ぶシーンなんかは叫び声まで似てるように感じた。そう感じるのは私だけか…ぎゃふん!

「ハイキュー!1期・2期・VS白鳥沢学園」アニメを完走した感想。

たまに少年ジャンプ成分を体が欲するそういう病である。

欲する。対決だとか努力だとか友情とかが嫌いではない。むしろ好きなのだろう…。認めたくはないものだが。人間、自分に無い物を求める性質なものだからね。とりあえずアニメから見てしまった…。

 

粗筋は…。

高校バリボーの話。身長は足りないが常人離れした反射神経と身体能力を持つ主人公が超絶技巧なセッターの相棒 とライバル達としのぎを削る話。少年ジャンプ連載作品のアニメ化作品。因みに1期全25話、2期全25話、3期10話の合計60話。長丁場だった…。

 

簡素な感想。

アニメのバレー漫画って「アタックNO1」くらいしか思い浮かばん。というか他にあるのか?

高校バレーの話で真っ先に思い出すのは昔サンデで連載されていた「健太やります」だったりする。あれも身長の足りない高校生バレーボーラーの話だった。リベロというポジションが無い時代のバレーボールマンガで、身長が足りなくてもやれることはあるよ、スパイカーと同じくらいレシーバーもカッコいいよと言った内容の漫画であった。本作は背が低くても、それでもスパイカーとして勝負する高校生バレーボーラーのお話。

高さと力が全ての世界で勝負する背の低い人間の挑戦というのは良くある話である。まあ大概のスポーツ物語は何らかのハンデ*1を持った主人公が奮闘するというシチュエーションが多い。背の高い者が有利な世界に挑むその小さき者という設定は非常に分かりやすい設定であり逆境で燃える。ある意味、定番の中の定番の設定だったりする。「少女ファイト」なんかもほぼ同じ設定だ。色んな意味で掌で転がされてるんだけど、それが心地いい。作画とか動きもよくて感心した。特に2期の青葉城西戦の及川のロングセットアップの後の動き、コート外から急いで戻る際に足を滑らせる表現とか本当に細かい描写が秀逸で見ていて気持ち良かった。他にもいろいろ書きたいがそれは漫画の原作を読んでからにしよう。…そう私は原作を全く読んでいないのだ…。ぎゃふん!

 

 

 

 原作を読む楽しみが残っているという考え方もできる…。

 

 

*1:初心者・未経験者というパターンが多い

「ハンナ」(2011)野に解き放たれたその先は…。

その末路を想像せざるをえないラスト。一番悪いのは政府機関だけど親父が大概だぜ。どっちもそびえ立つ糞だ。そう思ってしまった。

 

物語の粗筋はこんな感じ。

フィンランドの雪山にその娘と父親は暮らしている。そこは電気も通っていない人里を離れた場所だ。そんな場所で父親は娘に自分の持っている知識や技術の全てを伝え生活していた。サバイバル技術。語学。社会の知識。そして対人戦闘術。「寝ているときも注意を切らすな」父の要求は全て要求の高いモノであったが娘はそれをクリアしてゆく。ある日、娘は父に言う。「外の世界へ行く用意は整った」娘の願いは外の世界へ出ていくことであった。父は娘に問う。外の世界に出ていきたいか?と。父は娘の前に発信機のスイッチを差し出した。「外に行きたければ押せ。しかし押したらマリッサを殺すか殺されるかだ」「時間をかけよく考えて決断しろ」と父は娘に言った。スイッチを受け取った娘は、父が狩りに出ている際にスイッチを押す。それに気づいた父は娘に言った。「ドイツのグリムの家で会おう」そう言って父は娘を残し山小屋を後にした。後に残された娘、ハンナの物語が始まる…。

 

そんでもって感想。

この映画を見た時に昔サンデーでやってた漫画「スプリガン」を思い出した。確かCOSMOSとか言うのがこの話に結構かぶってた気がする。

主人公である少女ハンナはシアーシャ・ローナンが演じている。私は全然知らない役者さんだった。「ラブリーボーン」に出ていた子らしいのだがそれ自体を見ていない。印象は白い。見た目が。役柄もあるのだろうが人として希薄な感じが凄い。親父役にはエリック・バナ。私の中では、常に困っている顔の役者の双璧のうちの一人。この人、何の役をやっていても困ったような顔に見える。元々はコメディアンなのにそういう印象が強い。因みに困った顔の双璧のもう一人はクライヴ・オーウェンだったりする。どっちがミッターマイヤーでロイエンタールかは個々の感性に任る。

 

結論から言うと本作は結構面白かった。所謂アクションスリラー映画で基本がしっかりしてる。筋も構成も流れもきっちりしてて好感が持てる。特にオープニングとエンディング。被せてきてるあたりに様式美を感じます。凄く良い。出演陣も豪華。エリック・バナが出演している時点で個人的には満足だが、ケイト・ブランシェットが敵役で出てる。もう大満足。話の内容は、閉ざされた世界で英才教育を受けた娘が外の世界へ旅立つ話であり、娘の自分探しの話である本作。…既視感が半端ない。こんな手垢のついた筋書きの話を沢山知っている気がするけど、映画でド直球でやるのはあんまし記憶にない。記憶にないだけかもしれないが…。

 

そんでもってネタバレ全開ストロングスタイルの感想。

感情を操作し、筋力を増強。遺伝子操作された子供たちを育成しての超兵士育成計画。計画廃案の証拠廃棄から、子供を救い育成から旅立ち。そんな背景を持つ父娘の関係と娘の自立の物語の顛末。概ね納得しているし満足しているし面白いと思うのだが、親父エリック・バナの二択発想に大分疑問を感じている。親父エリック・バナは戦闘工作のプロ、凄腕の元CIA工作員。組織の汚さ、怖さを知っている者の発想なのかもしれないが…。プロジェクト大本営の責任者を殺し追跡に終止符を打つという発想は理解できる。しかし発信機で所在を明かしてからの作戦開始というのはどうにも理解に苦しむ。隠密的に動いてヒットすることも可能なわけで、なぜこんな困難な作戦を実行しようとするのか?何の説明もない。暗殺対象を手の届く範囲におびき出すためとの解釈もできなくはない。しかしそれにしても生か死かという2択の発想は乱暴すぎやしないか?そもそも事を起こす必要があったのか?よく分からない。穏便に素性を隠し街に人に紛れることは作中のエリック・バナの技量なら可能のように思える。が、それを良しとしないのは狂信的に組織を恐れているのかそれとも娘に何か思う所があるゆえの試練なのか?そこらへんがよく分からなかった。

あと父娘を追跡する工作員がへっぽこ過ぎる。エリック・バナの力量を認め、恐れての追跡チームになぜその人選をしたのか意味が分からない。追跡組のリーダーはいかにもの奇天烈系の得体のしれない奴だが実際の腕前は大したことなく、単なる拷問好きサディストにしか見えなかった。エリック・バナを脅威と思っていたらこの人選は無いと思うのだがどうでしょう。

 

何と言うか余白の多い作品に感じた。というか余白が多すぎる気がする。親父の行動とかもう少し細かい所を丁寧に作中で描ければ傑作になり得たかもしれないような気がする。説明がちょっと少なすぎる。何とも惜しい作品だった。面白かっただけにね。

 

 面白いんだけど中古で500円で売っていた…。面白いんだけどな…。俺だけか…?ぎゃふん!

「アイアン・フィスト」(2012)黒人meet功夫=まさかの正統派武侠映画。

武侠小説にハマっていた時期がある。金庸とか古龍ね。その流れで武侠映画にもはまった時期がある。映画だと、1も2もなくツイ・ハーク。ツイハークこそが至高と疑わなかった時期がある。今でもある一定の期間の映画についてはそう思っている。信じて疑ってない。ワンス・アポン・ア・タイム・イン・チャイナシリーズと最高じゃないですか。因みに「刃・ブレード」が武侠映画最高傑作だと個人的に思っている。

 

主演が黒人のアメリカ人RZA。因みにリッザと読むらしい。誰やねん?って感じだったんですが、ラップ歌う人らしい。よくよく調べるとウータン・クランなるグループの中心人物で、本作の監督・脚本を担当している。ラップついては全く分からない私でもウータン・クランと言うグループ名くらいは聞いたことがあり知っていた。うーん。成功したんですなぁ。映画撮れちゃうくらい。とか思いちょこっと調べてみるとこのグループ名、映画「少林寺武者房」に登場する武当派=ウータンからとっている名前らしい。…。ガチか?ガチの人なのか…。結果、ガチでした。ガチの人でした。ガチの功夫映画好きの黒人ラッパープレゼンツの武侠功夫映画でした。しかも結構正統派の…3割くらいアメコミ風味だけれども。出演陣も結構豪華。ラッセル・クロウとかルーシー・リュウとかデビッド・バウティスタとかが出てる。功夫映画なので舞台は勿論、中国ですが…。

 

物語は黒人鍛冶屋RZAが愛する女郎を身受けするためにその身を粉にして働きまくっているとある街に帝都へ黄金を輸送する隊がやってくるところから始まる。その黄金をめぐってのお話の顛末を描いているのだが、これが本当にしっかりした功夫映画になっていて関心した。所謂、耐えがたきを耐え、忍び難きを忍んでいたのに、最後の一線を踏み越えてきた悪党どもに怒りの鉄拳が炸裂するという非常にオーソドックスな作り。アメリカ人の黒人のラッパーが日本に住むおっさんのハートに響く古き良き功夫映画を作っちゃうんだから。凄いよな。なんかいろいろ力業な所を感じるお話なのだが、本家本元の武侠映画も大抵出鱈目なものだから正直あんまりそういう所は気にならなかった。むしろもっと出鱈目なものを想像していたのだが意外とまともな作りだっただった。いや十分出鱈目ではあるが…。

 

ググってみると、RAZさんフェイバリット作品は「五毒拳」「少林寺三十六房」「獣兵衛忍風帖」「北斗の拳」だそう。確かに日本のその年代のアニメや漫画の乗りも結構香港映画とかに影響受けてるし、巡り巡るもんですな。結構グロくゴア。そういったものに耐性があり、武侠功夫映画が好きならこの作品は楽しめるような気がする。

 

 

 功夫映画でBGMはラップ。意外と合う。2もあるそうです。見ねば。ザビ…ぎゃふん!