真空断無弾

日々の色々な事柄の忘備録的感想。戯言。

「日ポン語ラップの美ー子ちゃん」主人公の原理主義サイコ感が凄い。

なんか凄く面白かった。

 

ラップと言う物が正直よく分かりません。日本語ラップと言うのもよく分かりません。

しかし分からないと言っても全く興味がないとか聞かないわけでもない。

ライムスターとかスチャダラパーとかは初期の作品を結構聞いていた。

何が良いのか分からないが何かぐっとくる瞬間があり、それを感じるために聞いていたような気がする。多分、ネタ的面白さだったり、共感だったりの感情のほとばしりみたいなもんだと思うのですが。

そういえばブルーハーブとかブッダランドとかも結構聞いたな。

悪くないと思えたし、いまだに良いなと思う。

 

が、その後ヒットを炸裂した他のグループにはさほど興味が湧かなかった。

 

ラップについてその程度の興味しかなく、最近の日本語ラップの情勢はさっぱりな人間ですが本作は凄く面白かったです。

今更聞けないラップ関係のスラングだとかもよく分り興味深く楽しめました。

 

某日ペンのPRキャラを主人公に日本語ラップの紹介漫画…古風な少女漫画の絵柄で日本語ラップの紹介漫画と言う、シュールでそれ自体が面白いのだが内容も凄く面白かったです。

何よりも主人公のラップ原理主義的なサイコ感満載な突き抜け方が気持ちいいですな。

「ラップが今日本でもっともまともな音楽よ」とか。

言いきり感が潔く、凄まじく気持ちよい。ディスり具合にブレが無い所が素敵です。

全篇そんな感じで最高でした。

 

しかし最近はMCバトルとかが流行っているのか…全然知らなかった。

 

ぎゃふん。

 

 

 このキャラを使った時点で勝利している作品のような気がする。

 

「デスレース」(2008)モトローダーを思い出す。

JKと言えば女子高生らしい。しかしJSと言えばジェイソンステイサム。

もはや常識である。

 

「デスレース2000年」のリメイク。オリジナルは相当チープでヒャッハーなディストピアB級映画だったけど本作はJS主演のデスマッチレース映画になっている。監督はバイオハザードのポール・W・S・アンダーソン。B級である事に変わりはない110分のお話。

 

カーレースを見るのが嫌いではない。ただ若干退屈に感じる事もある。カーレースで盛り上がるのはやはりオーバーテイクの瞬間ではなかろうか?しかしレースにおいてその瞬間はそう頻繁に訪れる物ではない。ましてや上位集団ではその瞬間が訪れるのはまれである。周回を重ねるほどその頻度は減っていく。由々しき事態である。どうすればいいのか?いやそれが普通であると考えるならば「赤いペガサス」的な物語になる。もっとマシンに焦点をとなれば「よろしくメカドック」的なものになるのではないか。未来をと願うのならば「サイバーフォーミュラ」になる。本作はそのどれも選択せずより攻撃的に解釈したカーレース物である。妨害攻撃OKみたいな。一般的には人殺しOKなダークなマリオカートと言った説明がしっくりくるのではないか。個人的には今は無きPCエンジンの「モトローダー」を思い出させる作品だった。より正確には「モトローダーⅡ」の方。分かる人にはわかる。と思う。

 

JSが出てなかったら多分観なかったであろう作品なのだがこれは結構面白かった。リメイク作ではあるが内容は全く別物で妻殺しの汚名を着せられ投獄された元レーサージェンセン・ジェームズ(JS)の復讐譚。オリジナルの交通弱者をひき殺すほど高得点的なアンモラルなヒャッハー感は削られ、レーサー達の命の削り合いに焦点を絞ったアクション作品になっている。レースについての見解も、面白くより過激にの行き着く先は結局の所、闘技場で戦う剣闘士を見るのと変わらないとの皮肉ともとれる。そういえば物語の構造も「グラディエイター」に何となく似てる。しかしそんなこと関係なしにJSの活躍を脳を無にして楽しむ作品なのは間違いない。安定のJS作品だった。

 

 

シリーズは3まである。 2以降はJSが出演していないそうなので見るつもりはない…。ぎゃふん。

 

 

 

「保安官エヴァンスの嘘〜DEAD OR LOVE〜①」 多分、親父が諸悪の元凶だと思う。

週刊少年サンデー連載中、栗山ミヅキ作品。

 

肩ひじ張らないバカバカしいマンガが好きである。これはまさにそんな作品。

 

西部を舞台にしたコメディー。モテたい一心で銃の腕を磨き凄腕ガンマンとなった保安官エルモアエヴァンスの苦悩を描く。

 

「モテたい」幼少時からモテるために銃の腕を磨き、西部一の凄腕保安官になったエルモアエヴァンス。だが未だに年齢=彼女いない歴。その事実をひた隠し、西部の荒くれ者達と渡り合い、日々カッコをつけるみたいなお話。

 

モテんがために自己を研鑽し高めた挙句、自己設定した理想像から遠ざかるもどかしさを楽しむギャグマンガである。

 

ここでの自己設定とは女にモテたい、イチャイチャしたいという軟派なものなのだが、そこに行く過程でエヴァンスはカッコいい男=凄腕ガンマンと言う答えを導き出し、それになるべくモテの師匠、親父の教えを実践しそれになるのだが上手くいかない。

 

エヴァンスは表面は凄くカッコいい。その言動、立ち振る舞い、行動は計算されたカッコつけであり自己プロデュースが半端ない。しかしそんな自分の作り上げた仮面が己を苦しめることとなる。要は裏の無いあざとい言動も周りが勝手に裏があると解釈してしまうのだ。下心丸出しの言動も勝手に裏読みされて違う解釈をされ、結果的に女性と近づけず、硬派なカッコいい保安官像が強化されていくという面白さ。しかもそんなカッコいい保安官像を壊したくないエヴァンスの心の葛藤が凄く面白い。

 

モテたいがために銃の腕を磨き研鑽する。基本自分を磨くという方向性は間違っていない。しかし、モテるために最も必要なのは己を高める事ではなく、恥をかいてでも、いかに自分の気持ちを相手に伝えると言うコミュニケーション能力と打たれ強いハートの強さであると思う。

 

エヴァンスはモテ要素は尋常じゃなくある。と言うか作中でも相当モテている。実際の所、モテの扉は目の前にあり後は開くだけの状態の所までは来ている。しかしエヴァンスにはその扉を開く術がない。他者を引き付ける術は身に着けたものの、他者の懐に入る術は学んでいないのだ。

 

元凶はだれか?親父である。

 

エヴァンスは将来モテるのために幼少時からモテる技術の習得に励むのだが、このモテる技術の師匠が親父が問題のような気がする。親父の格言を胸にエヴァンスは行動するのだが、前述したように肝心金目の所は伝授されていないのだ。故に苦悩する。それが楽しいのだが、本当にエヴァンスが尊敬するほど親父はモテたのか?そんな疑念を考えるのも面白い作品だ。因みに私は親父はモテなかった男だと思っている。

 

ブコメと言うのは匙加減が難しく、軽すぎても引き込まれず、やり過ぎると引くという難しいジャンルだと思うが絶妙なかじ取りで今の所物語は進行している。モテそうな男が持てないというありがちな設定を西部激にぶち込むセンスも素敵で凄く面白い。このテンションがどこまで続くは分からないが今かなり気に入ってる作品である。

 

 親父の教えに背き、自分の意志で行動し始めた時に物語は結幕を迎えるのではないだろうか?ある意味「父親殺し」と言う神話性の高い物語のような気がする…が、最終的に親父のような親父になっても遺伝子の継続的な話で面白い…って、下らない事を考えれる面白い作品である。

 

ぎゃふん!!!

 

 

「柳生連也斎 秘伝月影抄」(1956)雷蔵VS勝新。

当然白黒の84分。

 

原作は五味康祐の小説らしいが未読。だがどうやらかなり脚色されているらしい。

 

あらすじは、尾張藩の家老から推挙され、宮本武蔵(黒川弥太郎)は藩主徳川義直(三津田健)の前でその腕前を見せつけるものの、指南役の柳生兵庫之介(佐々木孝丸)の反対で士官の機会を失ってしまう。このことに憤慨したのが近習、鈴木綱四郎(勝新太郎)。名古屋を去る宮本武蔵に思いのたけを打ち明ける。これに感じた武蔵は綱四郎に不敗の剣理「見切りの秘太刀」を伝授し名古屋を去る。この一件から綱史郎は兵庫之介とその息子兵助(市川雷蔵)に激しい敵意を抱くようになる。…みたいなお話。

 

柳生VS宮本の代理戦争的なお話で最終的に雷蔵VS勝新みたいな流れ。

本作の主人公は市川雷蔵演じるところの柳生兵介(柳生厳包。のちの連也斎)なのだが完全にライバル役の勝進が喰っちゃってる。勝新演じる鈴木綱四郎は陰のある天才剣士で闇が深い。冒頭の宮本武蔵の仕官の件に始まり、片思いの女(この女は兵介に惚れている)に袖にされ、藩の剣術師範役も贔屓で兵介に持っていかれる。たまる憎悪、堕ちるダークサイド。最終的には切った張ったの果たし状で決戦になる…。そんな勝新なのだがこの頃はまだ太ってない。スリムでスマート。どことなく花形満を彷彿させる。ダークサイドに堕ちた花形満みたいなイメージ。因みに主人公も花形満的なイメージだったりする。ただ闇はない。

 

太陽と影。この対比が最後まで続く。雷蔵は曇りのない太陽。そこに淀みはない。勝新は闇。そこには不満が渦巻く。お互いに剣の腕は1流で藩主の近習を務める家柄。お互いエリート。なのにまるで違う道を行く。そこには剣の流派であったり恋愛関係のもつれだったりするのだが、光と闇が交錯している。結末の最終決戦も太陽と影が大きくかかわってくるので意識的な演出なのかも。

 

結論的にはあまり面白くない。多分、市川雷蔵主演でなかったら見なかっただろう。まあでもスリムかつスマートな勝新は堪能できたので良しとしよう。と言うような映画でした。

 

ぎゃふん。

 

 

柳生連也斎 秘伝月影抄 FYK-168-ON [DVD]

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 尾張柳生3代目が主人公という事も見るきっかけだったのだが。

 

 

 

 

 

 

「ダンケルク」(2017)仕方がない事はある。けれどその選択は間違っている。

 戦争映画が好きだ。フィクションもノンフィクションも好きだ。しかし全てOKなわけでもない。のれない映画もある。ここら辺は感覚的な問題なので説明が難しい。最近で1番乗れなかったのは「フューリー」。これはハッキリ言って糞だ。汚い言葉で申し訳ないが個人的な正直な感想なので勘弁願いたい。しかし本作「ダンケルク」はのれた。と言うか相当のれたご機嫌な作品だった。

 

本作は第二次世界大戦西部戦線ダンケルクの戦いにおけるダイナモ作戦を題材にしている。ナチスドイツの電撃戦に包囲殲滅される寸前のフランス・イギリス連合軍はベルギー国境西、フランス最北端の港町ダンケルクに追いつめられていた。その数約40万。押し寄せるドイツ軍は約80万。もはやムリゲー状態の袋のネズミであった。ダンケルクから西の対岸に見えるドーバー。それを隔てるように横たわるドーバー海峡ダンケルクからドーバー、その距離は約90キロ。対岸には故国、背後には敵。イギリス・フランスの連合軍はフランスからイギリスへの撤退を決断、海上輸送での撤退作戦を実行する…。第二次世界大戦における最大規模の撤退戦の一幕を描く106分のお話。

 

陸海空の3つの視点で同じ事象をスクラッチしながら、撤退側の英国視点でのみ描かれた作品。基本物語はなく、ただ逃げるだけ。それだけである。

 

陸のパート、ダンケルクから逃げる歩兵のパートがメイン。これが主筋。冒頭から独軍に追い立てられる。撤退中に独軍から銃撃され、ただ一人ダンケルクのビーチにたどり着いた若い歩兵のお話。もはや雌雄は決し、とにかく命からがら故国英国に帰りたいという気持ちだけの若い歩兵。完全に狩られるもののパートで、迫りくる死への恐怖が半端ない。ガンダム風に言えば「プレッシャー!」と言うシャツが半端ない。とにかく逃げたい一心であの手この手で生き延びようとする。このパートの主人公とのシンクロ率が半端なく感情移入が一番しやすい。逃走して銃撃され、ビーチで爆撃され、船に乗っては撃沈され、正しいことを言って味方に銃を突き付けられと、とにかく忙しく、生きた心地がしない。

 

 海のパート、英国からフランスへ歩兵救出に向かう民間船団のパート。民間人の親父が息子とその友を従えて一路ダンケルクへ歩兵救出に行くお話。ジョンブル魂溢れる親父のお話で理想を具現化したような英国親父像で素直にカッコイイ。不覚にも素敵だと思ってしまった。

 

空のパート、英国からフランスへ向かう船団護衛の戦闘機スピットファイアのパート。撤退する船団の護衛に出撃するスピットファイアの小隊のお話。このパートの主人公はトム・ハディー扮するパイロット。軍人的にはどうかと思うが自己犠牲を具現化したような熱いキャラで「引かぬ、媚びぬ、顧みぬ!」的なツンデレじゃないサウザー的なキャラで良かった。

 

結論から言って相当面白かった。ただ逃げるというだけの話を淡々と、その時その時の事象を見せるだけなのだが迫りくる死と言うプレッシャーの積み重ねが最後解放されたカタルシスは何ともいない良い気分だった。

 

1番心を打ちぬいたのはタイトルにも書いた「仕方がが無い事はある。けどその選択は間違っている」と言う主人公のセリフ。これは物語終盤、窮地に陥った主人公が仲間の選択に対していった言葉なのだがこれって凄く芯を食っている。これってそのものずばり戦争に対する究極の回答のような気がするし、物事の真理のような気がする。

 

ただ一つ許せなかったのは陸パートにおける主人公と行動を共にしたギブソンの件だけは納得いかなかった。出てきたシーンからこいつが何者で最終的にそういうことになるんだろうなという事は分かっていたが、そのラストはいただけない。戦争における不条理を表現する恰好の人物なんだろうけどカエル野郎は報われてほしかった…。

 

 敗戦撤退体験型アトラクション的な映画だった。海パートと空パートが無かったら本当に追い立てられるだけの焦燥感と絶望感しかない…。それはそれで見てみたいが…。

 

ぎゃふん!